2017.04.15

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島根道 2015.08.02

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土と水と空が透き通った道でした。

山口の維新の志士を祀る「桜山神社」

2015・08・01 桜山神社に行ってきました。
行くまで知らなかったのですが、維新の志士を祀る神社だそうです。
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たまたま、創建150周年祭とのことで、神事に参加させていただきました。
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びっくりしたのは参列者が豪勢。
内閣総理大臣の代理、農林水産大臣 林 芳正 の代理、乃木神社の禰宜の方まで。
ちいさな神社の50名ほどの神事になぜ、と不思議でした。
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演奏者の方が高杉新作が使ったであろう三味線をわざわざお持ちされ、演奏されました。
美しい演奏でした。


続いて
場所を社務所に移して開催された、桜山神社演義が楽しくて楽しくて。
すばらしい講義でした。


150年前の慶応元年の8月創建。
奇兵隊のスポンサーだった白石正一郎が創建しました。
創建にあたっての神事奉行は青山清。
後の東京招魂社の宮司さんです。

桜山神社は名前の通り、桜に囲まれた神社で
春には桜の名所になるのですが、
この桜は創建後に植えたもので200本あるそうです。
ただ桜は100年で寿命なので現在は植樹して2代目のものが多いそうです。

桜山神社の地は
すぐそばに東行庵(とうぎょあん)といって野村 望東尼(もとに)のための住居がありました。
望東尼の住居と言うよりも晋作の療養所の性格が強かったようです。(東行は晋作の通称)
この女性は出家し福岡の平尾山荘で志士を匿い会合場所を提供しつづけた方です。
一時、姫島に流されたものの、過去に望東尼に救われた2人の若者が高杉の命を受けて島に潜入、
彼らと脱出し、白石正一郎などの援助をうけ下関にたどり着きました。
高杉新作の辞世の句の下の句を詠んだ方で、晋作の死を彼女のおのうと一緒に看取った方です。
「面白き  ことなき世を  面白く」     「すみなすものは  心なりけり」
野村望東尼と姫島
「つまらない世界を面白くするのは病床にいようともこの俺だ」 という強気の晋作に、
「そう。世界を面白いものにするのも、つまらなくするのも、あなたの、そしてわたしたちの心ひとつ。」と返す望東尼。
いや、かっこいいです。

また、
当時、厳島の入江の埋め立て工事が進んでいて、
その土をこの桜山から運んでいました。
神社用の基礎工事をしやすいということもあったようです。

来歴もなかなかのもので、
明治天皇陛下から、幣帛(へいはく)を賜り、
参道の下には乃木希介が自ら植えたクスが根を張り、
宝物庫には東郷平八郎・乃木希介ふたりの合作の書があります。

歴史的な位置づけとしては、
1862年文久2に、
京都の霊山(霊明神社)で攘夷の成就と斃れた方の鎮魂のために
神様など関係なく、招魂祭を行いました。この時66名のうち15名が長州藩だったそうです。

1863年文久3
6月に攘夷戦争があり江戸後期で初の戦死者を出しました。
身分を問わない有志の死を弔う施設が必要になります。
そこで、
京都の八坂神社で招魂祭を行い、ほこらを建て神様を奉ったそうです。

1864年元治1
維新後、高杉晋作、奇兵隊の生き残りの方の嘆願で長州藩が認めて、
桜山神社をつくることになりました。
明治維新の4年前、晋作の死の3年前です。

この桜山神社が、後の東京招魂社、靖国神社へつながる原点になります。

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神社の裏手に350柱余の石碑があります。
中央が松陰先生の碑です。
最初は奇兵隊の理念に則り、同じ高さでした。
戦時中に盛り上げをされてしまったそうです。
興ざめというか、最初の理念をなんと心得るか、という感じです。



初期の桜山神社は今と姿が違ったそうです。
1873年明治6年には348基の碑がありました。
拝殿と本殿を囲むようにロの字に配置していました。
木の碑もあったようです。

1883年明治16年の改修で
コの字に変え、本殿の後ろに3列に組むように。
その後4列に。

1907年明治40年の改修で
1911年より
本殿の後ろにすべてをまとめ6列になりました。

1938年昭和11年
この時までの第一次世界大戦~シナ事変で
松陰先生の碑を一段あげていることがわかります。

1959年
山県有朋の碑他23名を追加。
この時まで山県有朋は入っていなかったことに驚き。
しかし、創建直後に桜山神社に贈られた石碑に山県の名前があり、
桜山神社とわだかまりがあったということではないようです。
それよりも、桜山神社は鎮魂の意味が大きいので、
維新を生き延びた山県が死後に名前を並べることは違うと自身で
思ったのかもしれません。


150年と若い神社ではありましたが、そこに刻まれた歴史の跡は
未だに生生しく、歴史上の記号ではなく、彼らを残そうとする当時の人々の
生きた存在が感じられました。
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がっさん

Author:がっさん
サッカーが好きです。ネコが好きです。食べ物が好きです。風景が好きです。いろいろ好きです。おっさんです。

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